空色の地図 ~台湾編~5 夜市 久路

 ポケットから取り出したスマホの画面を見る。午後5時[tcy]47[/tcy]分の表示に軽く舌打ちをひとつ。再びポケットにスマホを戻すと、私は舗装が荒れた道を猛然と歩き始めた。
 中山駅から歩いて[tcy]10[/tcy]分もかからない道の筈だが、早く早く、と思うほどに遠く感じる。近づくにつれてちらほらと見かけるほどだった観光客の数が増えてきた。寧夏路夜市、書かれた光る看板の角を曲がると、そこが夜市の始まりだった。
 台湾を一度でも訪れた事のある人ならば知っているだろう。夜市とは文字通り夕暮れ時から始まる屋台村だ。昼間は人も車も通る普通の道が、夜になると道の両脇にびっしりと屋台が建ち並ぶ。屋台で売られているのは服や小物、果物のジュースや人の顔ほどもある大きな唐揚げに、臭豆腐という強烈な食べ物までと様々だ。
 この寧夏路夜市は、南北に走る寧夏路で毎日開かれる、こぢんまりとしているが食べ物が美味しい夜市だ。そのためか地元の人でいつも賑わっている。南の入り口から入ると手前は主にゲームの屋台が並び、中程から食べ物となる。だがゲームの屋台にさしかかったあたりから、既に雑多なにおいが立ちこめていた。腸詰めを焼く香りに、嗅いだことのないスパイスのにおい。臭豆腐にはだいぶん慣れたが、それでも前を通る時には少し息を止めてしまう。4車線ほどの道路も、屋台と人でびっしりと埋まり、今は狭く思えた。予定ではもう少し早く着くつもりだったのに、と再び舌打ちをしたい気分に襲われながら、建ち並ぶ屋台の隙間を、文字通り人をかき分けて歩いた。
 目的の屋台の裏手には、既に長い行列が出来ていた。屋台の横の狭いスペースには簡素なテーブルと丸い座面に脚がついただけの椅子が置かれており、屋外食堂のようになっている。座ると隣の人と肩が触れあうほどの距離だが、1人でも多く座れるよう、誰もが配慮している。屋台の鉄板の前では、まだあどけない顔立ちの男の子が額の汗を拭う間もなく調理をしていた。焼きそばのような麺料理だ。真っ黒の麺は一見しょっぱそうに見えるのだが、実はとてもあっさりとしていて美味い。見惚れるほどのコテさばきで、手早く一人前が出来上がった。すかさず空いた鉄板に卵を落とし流れるような動きで目玉焼きを作る。100元札と引き替えに皿を受け取った少女が、嬉しそうに麺をかき込む姿を眺めていると、ようやく順番がきた。道路に直接置かれているのでぐらぐらと不安定な椅子に腰掛け、店員さんに声を掛ける。テーブルの上の写真を指さして注文を済ませると、いやというほど湿気をはらんだ空気が流れ、辛うじて風が吹いたと感じとれる程度の涼をもたらした。じっとりと汗がしみ出す首筋を拭い、ペットボトルのお茶を呷ると、ようやく水面に顔を出せた心持ちになる。このおぼれそうな熱気と活気こそが、私を惹きつけて止まないのだけれど。

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