空色の地図 ~ロンドン編~9 ロンドンの花 久路

 イングリッシュガーデンという言葉を、聞いたことがあるだろうか。フランス式の幾何学的に作り込んだ庭園ではなく、自然の景観を取り入れ調和を図る庭のことだそうだ。こう聞くと、どこか日本庭園に通じるものがある気がするのは、私だけだろうか。
 と言いながら、実は残念ながらまだ私自身、本場イギリスで「イングリッシュガーデン」を見ることはできていない。だがその端っこには触れている、と思う。なぜならロンドンを歩いているだけで、美しい花たちに出会えるからだ。アパートやレストランの窓際にはヘデラと一緒に植えられた赤や紫の花がぎっしりと咲き誇り、パブの軒先にいくつも吊されたハンギングバスケットからは、こぼれそうなほど沢山のゼラニウムが顔をのぞかせている。シックな黒いバスケットから溢れるオレンジに、目をとられながら歩くロンドンの街は、改めてこんなにも花に溢れているのだと気づく。むしろ花を飾っていないパブを探す方が難しいくらいだ。
 通りがかった教会では、正面玄関の左右にはじまり扉の上、手前のコンテナにハンギングバスケットと、まるでお祭りかと見まごうばかりの花の装飾で彩られていた。紫陽花のブルーを基調として濃淡とりまぜた花たちは、赤みがかった煉瓦の色とあいまって、まるで一枚の絵画のように完成された景色だった。
 夏は朝5時から夜の9時くらいまで明るいロンドンも、秋になると一気に日暮れが早くなる。冬ともなれば3時を過ぎると夕暮れを迎え、長い夜が街を包む。そんなロンドンに彩りを添えるのが街中の花たちだ。ひとつ角を曲がるたびに出会う葉牡丹や水仙、パンジーたちは、鈍色の空を受け止めどこか重苦しい街で、色鮮やかに咲き誇る。ロンドナーの矜恃にも思えるその花たちは、健気というよりも凛としているように見えた。
 ホテルのそば、古めかしいウエストミンスター教会の角を曲がりヴィクトリア駅へと向かう。緩やかに婉曲した裏通りに観光客の姿はなく、時折スーツ姿の紳士とすれ違う程度だ。小さなアパートメントが連なるここにも、やはり色とりどりの花で縁取られた窓が並ぶ。
 その軒先にある小さな庭に、車のホイールのようなものがにょっきりと突き出ているのを見付けた。ホイールの周りにはこれも同じく金属製の、円盤を半分に切った形のものがぐるりと取り囲むように付けられている。何かに見える――そう、ひまわりだ。ちょうど空に向かって顔をさらすようにたたずむ、金属製のひまわり。よく見ると柵の所に制作者らしき人の名前と、英語が書いてあった。
 
――BEAUTY THROUGH ADVERSITY。
 
 逆境を乗り越えた美、苦難に磨かれた美しさ、といった意味合いだろうか。
 薄暗い天を仰ぎ、陽の光を待ちわびる銀色のひまわりもまた、ロンドンを彩る花のひとつなのかもしれない。

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