空色の地図 ~台湾編~10 足つぼマッサージ 久路

 美味しいものをもとめて台北の街を歩き回る。交通網の発達した台北ではあるが、それでもひとたび旅行にいけばあちらも食べたい、こちらにも美味しいものが、というわけで、毎度けっこうな距離を歩くことになる。誰しも経験したことがあると思うが、歩いている時は楽しさに紛れて気づかないが、いったんホテルに戻ると、出かけるのが億劫になほど疲れていることもある。
 だが台湾に旅すると、それすらも楽しみのひとつだ。足つぼマッサージに行けるからだ。
 その日は、ホテルのそばにあるいつもの店ではなく、公園の向こう側の通りを見に行くことにした。
 まだ朝早い時間だったが、なるほど、数メートルおきにマッサージの看板が出ている。どこに行こうか悩みながら歩いていると、その店はあった。ガラス張りの広い店内で、若い女性がひとり施術を受けているのが見える。半分ベッドのようなソファにゆったりと体を預け、携帯をいじっている女性と、マッサージをする少し年配の女性。他に店員も客もいないようだったが、どこかのんびりとした風情に誘われて、その店へ入ることにした。
 歡迎光臨(ファンイングゥアンリン)、と施術中の小母さんが振り返った。日本で言う「いらっしゃいませ」だが、台湾できくこの言葉は節を付けたような言い回しが独特で、耳に心地よい。それもアパレルショップや百貨店などの気張った言い方ではなく、ほわんと気の抜けたようなのが好きだ。
 小母さんの声は、そのちょうどいい「歡迎光臨」だった。ニーハオ、と声を掛けて椅子に腰掛けると、不意に小母さんは施術を中断して電話をかけはじめた。客の女性は気にする風もなく、相変わらず携帯電話の画面を見つめている。やがて電話を終えた小母さんは私に「ちょっと待ってください」と言い置いて、再び施術に戻った。言われたとおり待っていると、数分もしないうちにガラス扉を押し開けて慌ただしく女性がやってきた。新しい客か、と思ったが違うようだ。どたどたと入って来たさらに年配の女性は、ソファを指しながらこちらどうぞ、とやはり日本語で言った。この小母さんも店員なのだった。どうやらこの時間は、客が増えたときだけ呼ばれる仕組みになっているようだ。
 足のツボを日本語で解説した紙を手渡され、施術をうける。話せる日本語はそう多くはないようで、ただニコニコと小母さんはマッサージをしてくれた。私の母よりも年上に見えたが、小さな体のどこにそんな、と思うほど力強く圧される。「痛い」の一歩手前の気持ちよさ、絶妙な力加減に気づけばうとうとした私は、ソファの背もたれを起こされて目が覚めた。あっという間の[tcy]30[/tcy]分だった。
「気持ちよかった?」やはりニコニコとした小母さんは、仕上げとばかりに肩をたたいてくれた。靴を履いてみるとすんなりと足が入る。むくみがとれ、ひとまわり足が小さくなったのだ。流石の技術にうなりながら、私は鞄からガイドブックを取り出した。軽くなった足で、さあ今日はどこへ行こうか。

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