空色の地図 ~ロンドン編~12 パブ 久路

 金曜日の夜ということもあり、オックスフォードストリートに面したそのパブは、ビールや食事を楽しむ人で混雑していた。ぐるり店内を見渡し幸運にも空いていたテーブルを確保し、カウンターへと注文に向かう。
 カウンターは既に注文を待つ人で溢れていた。列になっているのかなっていないのか判然としないが、とりあえず財布を握りしめひとだかりの後ろについてみる。英国のパブは殆どが「キャッシュオンデリバリー」なので、注文の際に代金を支払うためだ。大柄な英国人の中にまざると、日本でも小柄な方の私はすっかりと埋もれてしまった。日本時間で言うと真夜中だし、数時間前にヒースローに降り立ったばかりだし、重たいスーツケースを転がしながらホテルを探してさまよったし、チェックインのあとハイドパークを縦断したし、と、正直私はかなり疲れており空腹でもあった。なのに無秩序なこのひとだかりとは! どっと疲労感が押し寄せる。
 だがそんな私のいらだちを他所に、店員はくるくると良く動き、注文をテンポ良くさばいていた。行列にはなっていないものの、どうやら店員も客も順番を把握しているようだ。長い金髪をひっつめにした彼女は、ようやく順番がきた私の注文を丁寧に聴きとり、「テーブルに持っていくから待ってて」と微笑んだ。
 ほどなくして私達のテーブルには、熱々のフィッシュアンドチップスと、ブラックプディング(英国風豚の血を使ったソーセージ)が運ばれてきた。フィッシュアンドチップスには付け合わせとして茹でたグリーンピースが添えられ、ブラックプティングは山盛りのマッシュポテトの上に鎮座している。イギリスのパブは、こうして食事が取れる店も多く、中にはランチや朝食を提供する店も珍しくないと聞く。元々は「パブリック・ハウス」として簡易宿泊所や雑貨店をかねていた「パブ」は、現在観光客でも手軽に食事を取ることのできる場所となっていた。ビールが苦手ならばソフトドリンクやコーヒーでも構わない。値段はさほど安くないが、Tシャツにジーンズといったラフな恰好でも肩肘張らずに入れるのが有り難い。
 また別の日の夕方、路地の奥にひとだかりを見かけた。何かと思いのぞいてみると、つきあたりのパブ前のテーブルで、立ち飲みをしている人たちだった。平日の、まだ六時にもなっていない時間だが、既に「できあがって」いるのか陽気な笑い声が起きた。翌日も、そのまた翌日も、夕方になれば路地奥のパブは人であふれかえっていた。きっと美味しい酒か食事が楽しめるに違いない。行ってみたいと考えつつも短い滞在で予定が埋まっていたその時は叶わず、帰国となってしまった。
 ロンドンのパブはどこもクラシカルな建物で、軒先には花が溢れている。通りすがりにここも行きたい、あそこも行きたい、とメニューを眺めるだけでも楽しい。短い滞在では一度に全部を廻ることはできないが、次の旅ではどのパブで何を食べよう、と悩むのもまた、旅の醍醐味だと思うのだ。 

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