空色の地図 ~ロンドン編~4 公園 久路

 高い柵の向こう、白くそびえるバッキンガム宮殿は美しく、濃い青を溶かした空に国旗がはためいていた。
 立ち止まり見上げていると、道の向こうからジョガーがやってきた。短パンにランニングシャツ。ひとまとめにした金髪をゆらし軽快なリズムを刻みながら、すれ違いざまにふわりと風を残していった。
 日中は観光客でごったがえすバッキンガム宮殿も、早朝は閑散としていて、その広さばかりが目につく。正確には、バッキンガム宮殿の正面を通る車道の「ザ・マル」を隔てた北側は「グリーンパーク」で、黄金に輝くヴィクトリア記念碑の向こうが「セントジェームズパーク」だ。グリーンパークは大きな敷地のほとんどが芝生で、運が良ければ木から木へと伝い走るリスを見る事が出来る。茶色いしっぽを膨らませて軽快に駈ける姿は愛らしく、時折立ち上がってあたりを見渡す仕草なども観光客に人気だ。7月に入り、日中は半袖でちょうどいい気候だが、朝夕は羽織る物がなければ肌寒い。湿度も低くからりと晴れの日が続くロンドンの夏は、暑さが苦手な私にとって世界一過ごしやすい夏だ。
 ホテルから歩いて5分ほどのこの公園を、ゆっくり散歩するのは帰国する今日が初めてだった。昼前には発たなくてはならず、残された数時間をどう過ごそうかと悩んで思い出したのが、昨日レンタルサイクルで通りがかったこの公園だった。ツアーガイドの説明を聞きながら、時間を取れたらゆっくり散策してみたいと思っていたのだ。
 初夏から初秋にかけて、ロンドナーはこぞって公園で日光浴を楽しむ。ハイドパークをはじめに「スクエア」「ガーデン」などと呼ばれる小さな公園まで、ロンドンには無数の公園が存在する。夏場、それらの公園には有料のチェアが設置されるのだそうだ。うっかり腰掛けると料金をとられてしまうから気をつけて、とツアーガイドのエリーも言っていた。お金を払ってでも陽を浴びたいというのは、日本に比べ緯度の高い英国ならではの光景だろう。だがさすがに時間が早いためか、見かけるのはジョガーか通勤途中の会社員ばかりだ。
 毎朝バッキンガム宮殿を横目に通勤するのはどんな気分だろう、と考えながら緩やかに曲がる小径を行く。点々と並ぶベンチを横目に、私は本を持ってこなかった事を後悔した。
 名前は分からないが、おおぶりの枝をいっぱいに広げた木の下、ほどよい木陰で本を読んだなら、素晴らしく気持ちが良いに違いない。数日しかないロンドンでの滞在で、ただ公園で本を読むというのは、なんという贅沢な時間だろうか。首の後ろのうぶ毛が逆立つくらい、最高の思いつきだ。
 よし、次は文庫本を携えて来ようと心に誓う視界の隅っこを、2頭のレトリーバーが駈けていった。飼い主の投げたボールを取りに行ったようだ。鋭い指笛が高い空に響き、犬たちは跳ねるように大地を蹴った。

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