空色の地図 ~ロンドン編~5 バラマーケット 久路

 ロンドンでおいしいものを食べるにはどうすればいい? と尋ねられる事がある。必ず「バラマーケットに行くといいよ」と答える。木曜日から土曜日のみの営業だが、もしも日程があえば是非、と勧めるのだ。
 250年以上もの歴史を持つこのマーケットは、地下鉄に乗りロンドンブリッジ駅を降りてすぐの場所にある。バラハイストリートを道なりに曲がれば、緑色の屋根に覆われた市場を見付けることもできるが、私はサザワーク大聖堂横の、細い路地を入ることが多い。ここに美味しい屋台(ストール) があるからだ。
 [tcy]12[/tcy]時を過ぎると行列のできるこの屋台も、開店直後ならばじっくりと見る事が出来る。大きな鉄板には肉やソーセージが所狭しと並べられ、香ばしいにおいに誘われてふらふらと近づくと、すかさず「おひとつどう? うちのは美味いよ」と声がかかる。ひとつください、と言うと「ひとつだけでいいの?」と茶目っ気たっぷりの店員さん。答えるようにお腹がぐうと鳴るがここで譲るわけにはいかない。「ひとつだけ」とつつましく答えて小さな紙皿を受け取るのが正解だ。
 路地を抜けてサザワーク大聖堂の壁沿いに曲がると、屋台のひしめき合うマーケットに出る。開店してすぐだというのに、観光客や地元の人ですでに混雑していた。手にしたソーセージを囓りながら、のんびりと歩く。
 手作りの焼き菓子やケーキ、オーガニックの蜂蜜や瓶詰めのピクルス。もちろん魚や肉、新鮮な野菜の屋台も多い。だが私の目当てはローストビーフをたっぷり挟んだサンドイッチだ。
 文字通り山と積み上げられたチョコレートの脇をすり抜け、5人ほどの列に並んだ。
 ロンドン名物ソルトビーフサンドも捨てがたいが、手にしたたるほどのグレイビーソースと、盛大にはみ出したローストビーフのサンドイッチを受け取る客の姿を見ると、もう他の選択肢はなかった。
 順序よく並んだ列がすすみ、私の番がやってくる。素早くパンをカットする青年に「ローストビーフサンドイッチひとつ」と告げると、彼は無造作にローストビーフをパンに押し込んだ。肉の欠片が落ちるが、気にした風もない。ぎゅうぎゅうと音がしそうなほど詰め込まれた肉の塊に、これまたたっぷりとソースをかける。クレソンとホースラディッシュをのせて紙ナプキンで包むとできあがり。手早さに感心しながら代金を支払うと、もう彼は次の客の注文をとっていた。
 屋台の傍らに設えられたテーブルで、がぶりとひとくち。口いっぱいにローストビーフを頬張るこの瞬間、つかの間のロンドナーの気分を味わう事ができるのだ。

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