『アフリカの印象』全国解禁記念〜チバの印象〜

 伽鹿舎刊行『アフリカの印象』の全国解禁を記念して、伽鹿舎濁点遊撃隊としてはこれを書かず(描かず) にはいられない。
 そう、「チバの印象」だ。
 ルーセルによって幻想的に想起させられるアフリカの印象、そしてその幻想的なアフリカをより一層イメージ豊かにする坂口恭平によるドローイング(両者ともに本物のアフリカを肌で知っているわけではないにもかかわらず)。
 それに対抗するには、チバに二十数年住み、本物のチバを知るセキグチリョウヘイによる「チバの印象」を書(描) かなくてはならない。これは絶対に負けられない戦いだ。今回より数回にわたって「チバの印象」と題した連載をスタートする。
 

 この六月二十五日の四時ごろ、チバ国の住民にしてマリーンズファンクラブ会員、セキグチリョウヘイの観戦の準備は何もかも整っているように見えた。
 ダントツ最下位にもかかわらず、遊泳禁止の看板を掲げる必要のないくらいに澱みきった幕張の浜に近いZOZOマリンスタジアムでは、まだなお応援団の凄まじい熱気が残っていて、マリーンズファンはみな、唯一希望の持てる鈴木大地のバットに期待感を抱いていた。ライトに上がる大飛球。重苦しい空気を払ってくれるはずのマリンの風は、残念ながらレフト方向への逆風だった。
 
 ここは多くのチバ人が利用する総武線の車内。朝夕の通勤・帰宅ラッシュ時には、どこにでも見られる光景かもしれないが、イライラを隠しきれない人や周りが見えず迷惑をかけている人がやはり散見される。しかし彼らのことを、どうか今年だけは許してやってほしい。彼らはみな、マリーンズファンである。混雑する車内であなたの目の前にいる人は、あなたの鞄が膝に当たっていることに対してではなく、三振ばかりしている外国人助っ人たちに対してイライラの表情を見せているのだ。あるいは、ドアの目の前にぼうっと立ち、降車客の邪魔をしてしまっているあの人は、なかなか調子の上がらない投手陣の再建策について、まるで首脳陣のように頭を悩ませているのである。彼/彼女にとってそこは電車内ではなく、ライトスタンドあるいはグラウンド内なのだ。どうか今年だけは、許してやってほしい。
 

 間もなく足音が聞こえてきた。すべての視線が左の方を向くと、広場の南西の角から奇妙で派手な行列が進んでくるのが見えた。
 先頭には、赤いパンツに黄色い靴の、黒くて丸い耳を持つネズミのような生き物が二匹(もう片方はスカートであり、頭にはリボンもつけていることから夫婦またはカップルと推測できる) がおり、ゾウからリスみたいな生き物まで、さまざまな種にわたる動物の軍団を形成している。高校生時代のセキグチリョウヘイは、動物たちの行進に駆け寄る人々の最後尾を歩き、冷めきった表情で学生鞄を抱えていた。
 
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 ここは舞浜駅である。説明は不要であろう。ディスニーランド(シー) がある駅だ。しかしみなさまは、この舞浜駅に「ディスニーじゃない方の改札」があることはご存知だろうか。こちらは説明が必要であろう。「じゃない方」の改札から三年間、高校に通い続けたセキグチリョウヘイの昔話にお付き合いいただきたい。
 セキグチの通う高校は舞浜駅の「三つしか改札がない方」の出口から歩いて十五分ほどのところにある。教室のベランダからは「夢の国」内の建物の上の方が見えてしまったし、運動部に所属する彼にとっては夜に打ち上げられる花火は時報にしか思えなかった(「あと三十分で帰れるかな」)。彼にとってのディズニーは、決して「夢の国」なんてものではなく、ただただ毎日そばを通り過ぎる存在であり、さらにはクソみたいな部活に疲弊する自分と反比例するかのようなディスニー客の様子も相まって、むしろ「現実」を見せつけられるものでしかなかった。その頃のセキグチは、マリーンズにではなく、ディズニー客の首からぶら下がるポテトヘッドにイライラを募らせていたのだ。
 少し時間を巻き戻すが、セキグチは中学校卒業間近の冬に彼にとって初めての恋人を得た。そして三月、卒業記念も兼ねて、「初めて」のデートとしてディスニーランドに足を踏み入れた。彼女はセキグチに、「初めてのデートでディズニーに行ったカップルは別れるんだって」と言った。色々な意味で純粋だったセキグチ少年は、その検証が不要なほど結果が明らかな都市伝説(世のほとんどの人間は少なくとも一度は別れを経験するし、チバ人の多くはデートでディズニーに行くのだから) に対し、「絶対にそんなことにはさせないぞ」と誓ったのだった。二ヶ月後にフラれた。
 結局セキグチは高校三年間で一度もディズニーに足を運ぶことはなかった。
 
 
<注:セキグチリョウヘイは自らの画力と過去に向き合ったことで精神的に疲弊したため、「チバの印象」は今号にて連載終了となります。次回作にご期待ください>

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