空色の地図 ~ロンドン編~1 あさごはん 久路

 ある英国紳士がテレビで言った。「焼いたトーストはこうして立てておくんだ。熱い時にバターを塗ったりしてはいけない。溶けたバターがトーストを台無しにしてしまうからね」
 ほほう、それでロンドンで出されるトーストはどれも薄くてサクサクしているのか。

 納得した私は、翌日会った英国人の知人に「英国人は温かいトーストを食べないんだね」と言った。すると彼は憤慨したように「その人は変わっているね、バターの沁みた熱々のトーストこそが最高さ」と反論する。
 かように同じ英国人でも好みの分かれるトーストだが、ロンドンの朝食には欠かせないもののひとつだ。日本では滅多と見ないほどに薄く削がれたパンを、全体がきつね色になるまで焼く。英国にはトーストたてなるものが存在して、4等分にカットされたトーストは大抵そこに恭しく並べられている。
 バターとマーマレイドを塗って、冷めたトーストを囓る。さく、さく。乾いた音が内側から耳に響く。軽くて香ばしい。何枚でも食べられそうだ。初めてロンドンに来たときには薄さに驚いたものだが、今ではこのトーストを食べる事が旅の目的のひとつになっている。
 つけあわせには焼きトマトや、大きなマッシュルームソテーが良いだろう。焼いて甘くなったトマトは美味しくて、今でも思い出して時折作ってみる。マッシュルームはひとつでお腹がいっぱいになるほどの大きさだ。勿論スクランブルエッグだってお勧めだし、たまには趣向を変えて目玉焼きにしてもいい。イギリス式にたっぷりの油をひいたフライパンで揚げ焼きにされた目玉焼きは、白身のふちのカリカリがたまらない。となりに添えられたベイクドビーンズを一緒にフォークに乗せ頬張ると、ロンドンに来たのだと改めて実感する。独特な香りのする英国のソーセージは、実はすこし苦手。だからベーコンをお願いしたのだけど、ひときれがとても大きくて、ちょっとしたステーキみたいだ。油断するとすぐにお腹が一杯になってしまうので、ロンドンでの朝食は要注意だ。
 私は香ばしいパンを楽しみながら、砂糖をたっぷり入れたミルクティーを啜る。色とりどりの花の飾られたホテルの窓から見えるのは、通勤途中の紳士淑女だ。彼らも今朝は同じようにトーストを囓ってきたのかと思うと、すこしだけロンドンの空気にまじわれた気がする。
 さあ、完璧な朝食を食べ終えたら公園へ行こう。

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