夜明け前の街にぽつぽつとあかりが灯っている。それを頼りにホテルの裏道を行けば、むわんとした蒸気に乗って、ほのかに甘いような香りが漂ってきた。朝ご飯専門店が、いっせいに仕込みを始めているのだ。
前日から水に浸してふやかした大豆を、朝の4時から機械ですりつぶし、さらに鍋にかけて煮ていく。その蒸気が漂い出て、大豆特有の甘い香りとなる。
豆漿と呼ばれる、ここ台湾では定番の朝食だ。
豆乳が苦手な私に、手にしたガイドブックが語りかける。台湾に来て、これを味わう事無く帰る無かれ。ええい、ならば覚悟を決めるしかない。
塩味と、甘い豆漿を両方、それから台湾風クレープの蛋餅を。注文を終える間に、気づくと数人の客が店の前に列を作り始めていた。白み始めた空とともに、街も目覚めたかのようだ。
豆漿の大きな鍋をかき混ぜながら、店の女性は手際よく隣の鉄板で蛋餅を焼き始めた。
別の店員が豆漿をテーブルに置いていく。コーヒーチェーン店の一番大きなサイズよりもさらに大きなカップに入った豆漿には、うすいセロファンで蓋がされている。
触れるとほの温く、突き刺したストローで思い切ってひとくち。
大豆の香りがふわあと鼻腔に広がって……そう、これが苦手な原因のひとつだ、だが。
「おいしい!」
甘い豆乳は、やわらかな大豆の風味を連れてすとんと私の胃に落ちた。身体に染み渡る味だ。滋味あふれる、という言葉を私は身をもって理解した。一口啜ると、また次が飲みたくなる。
続いて持ってきてくれたのは塩味の豆漿だ。こちらは大きめのどんぶりに入っていて、ラー油や油條のトッピングがされている。酢が混じり、おぼろ豆腐のようにゆるく固まった豆漿を、添えられたさじで掬う。口に含むとあたたかく素朴な味が広がり、お腹がぐうと鳴った。不思議なことにこの豆漿というのは、食べるほどにお腹が空くのだ。
ひとりで両方とも平らげた私の所へ、出来上がったばかりの蛋餅が運ばれてきた。これがまたとてつもなく美味しい。香ばしく揚げ焼きにした蛋餅は、生地のもっちりした感触と焦げてサクッとした食感とが相まって、たまらない。
「好吃(ハオチー)!」
数少ない私の知っている北京語で『美味しい』と言うと、蛋餅を焼いていた女性がこちらを見て笑った。