【出版社物語】伽鹿舎:本恋う鹿は笛に寄る 第7回

可能性と現実の話
 
 レーモン・ルーセルの「アフリカの印象」を抄訳とはいえ新訳で、と打診するに当たって、まずは誰か翻訳者を紹介して欲しい、と思って高橋啓先生に話を振った。
 高橋先生はご自分への依頼と思われたようだ。即座に「無理」と回答があった。ルーセルは難しいし、ましてや抄訳となると随分とやりにくい、というのがその理由だった。
 そのまま高橋先生とは「幸福はどこにある」を再刊する話に進んでしまったので、ここで道は一度途切れてしまった。いや、ある意味では違う道が開けたのだが、少なくともルーセルをどうするか、は宙に浮いた。
 普通そこで諦めませんか、とのちに色んな人に言われたのだが、基本的に伽鹿舎の方針は「縁があればどこかで勝手に繋がる」である。結果的に、そうなった。
 
 WEB片隅で素晴らしいロシア文学に関するコラムを連載していただいた沢月先生が、ご自分の伝を頼ってたくさんの方に打診してくださったのだ。
 途中、松本和也先生が思いがけず「翻訳とは関係ないけれども、評論やりたいです」と申し出てくれるなど、素晴らしい出会いもあった。
 最終的に、辿り着いたのが國分俊宏先生で、これは願ってもないとんでもない素晴らしい話だった。國分先生はフランス文学に関しては名の知れた方だ。光文社古典新訳文庫でのゾラの翻訳は素晴らしかった。
 是非、お願いしたいと思ったが、ここでまたもや問題があった。
 
 そもそも、伽鹿舎は採算がとれない。とれない以上、最低限の部数しか発行できない。だからと言って、本の売価が高くなるのは「本に親しむ人を増やしたい」という目的に反する。
 伽鹿舎が身銭を切っているのは全く問題ないが、作家や翻訳者に身銭を切らせるわけにはいかない。すでに名だたる仕事を成して来ている方への当然の敬意としても、それは出来ない。出来ないのだが、いかんせん部数は少ない。
 正直に、申し出た。恐らく千円前後の売価で、3千部程度しか刷ることが出来ず、新訳していただく労力には、とても見合わないと思います。なんとか8%の印税は確保したいと思うのですが、いかがでしょうか?
 國分先生は、構いませんと言ってくださった。驚いた。この頃では随分と配慮いただいたほうだと思いますともおっしゃった。二度驚いた。
 本を取り巻く情勢は、やはりとてつもなく、悪いのだと身に染みて実感した。
 
 少し、考えてみて欲しい。
 一冊の本を書くのに、どれだけの時間が掛かるだろう。同時に、その書かれた外国語の本を訳すのに、どれほどの労力が掛かるだろう。
 数ヶ月、年単位で取り組むことが多いのは自明だ。なのに印税と来たら高くても[tcy]10[/tcy]%である。
 これが翻訳となると、原著者や原出版社への印税や手数料だって掛かってくるから、勢い印税の率が下がらざるを得ない。
 印刷代は、どんなに足掻いたところで一定の額からは下がらない。下がらないはずだ。原版を作るのには十万部だろうと1冊だろうと同じだけの費用が掛かる。そこを無理に下げている印刷所がないとは言わないし、下げさせる出版社がないとも言わないが、そんなことをしていたらいずれ出版文化は死滅する。絶対にそんなことをしてはいけない。
「本って高いじゃん」
 という人をたくさん知っているし、あまつさえ作家志望の人ですら「高いから買いません」とにこにこしていたりするが、正直、それはちょっと待って欲しいといつも思う。
 あなたが、半年ずっと根をつめて創り上げたものに対して、例えば10万円しか貰えなかったら、これは職業として成り立たない。違うだろうか?
 だが、今の出版は、そういうふうに出来ている。
 せめて、せめてももう少しマシなことにしたい、と伽鹿舎では思っている。素晴らしい仕事をした人に、その仕事に見合うだけの対価はお支払したい。
 言ったところで、ない袖は振れないのが現実だ。今できる限度一杯をやって、いずれもっと報いられるようにしたい、と願っているし死に物狂いだが、その前に力尽きる可能性もそれなりに高い。いかんせん、伽鹿舎は非営利団体に過ぎず、青木の言葉を借りれば「江戸時代みたいなもの」で、儲けも手間賃も度外視、ないものとして、ただただ本を世に送り出すことしか出来ていないし、それも手持ちの資金が尽きたところで終わりなのである。
 
 いやいやいや、と思われた方があると思う。
 3冊も本を出版してるんだから、その分の利益があるでしょう?
 実は、ない。
 「片隅」については、知名度もなく実績もない伽鹿舎がどんな本を出したいと思っているのか知っていただきたいと思って、完売しても利益が全部で100円くらいしかない、という設定になっている。
 そんな馬鹿なと思うかもしれないが、「片隅」は01が千部、02が12百部である。
 たとえば片隅の装丁だと、印刷代にはおおよそ55万円くらいが必要で、これは1も2も同じだ(それにしても、藤原印刷さんだからこれで済んでいるのであって、本当ならもっと掛かっている筈だ)。一冊単価が千円だから、そもそも全部売れたら百万円なわけだが、印刷代を除けば既に半分以下の45万円になる。そこから原稿料と装画の使用料を払い、著者謹呈分をお配りすると、実は何も残らない。残らない上に、伽鹿舎が売価の千円受け取るケースは直売に限られていて、書店には7掛けで、取次には5掛け(手数料を引くとそのくらいになる) で卸しているから、マイナスになるのである。
 そんな馬鹿な商売があるか! と思われる向きには全くその通りですとお答えするしかない。そうしてでも、「千円で買ってもいいと思える本」を作りたかったのだ。
 物としての価値について、今の世の中はとてもシビアだ。豊かになって目が肥えているし、一昔前では考えられないくらい、インテリアにだって誰もがこだわるようになった。限りなく上質なものが求められるし、本のように「生活必需品」でないものには、純粋に娯楽として楽しめる、知的好奇心を満たす、などというだけでは足らず、物として持っていたいと思わせる価値がなければ、千円を出していただくのは難しい。
 ましてや、「片隅」には新人さんを多く起用している。原稿料の兼ね合いの問題も無論あるが、そもそも新人が世に出る場を作りたくて始めたのだから、出来るだけ新人さんをたくさん載せたい。となると、本が好きで本を読む人にとっては冒険になる。伽鹿舎同様、海のものとも山のものともしれない作家、作品に、千円を出していただかなくてはならない。
 谷川俊太郎先生の新作の詩が載っているだけで千円安いですよ、と言ってくれる方も勿論ある。あるがしかし、大多数の「別に本なんかなくても困らない」人にとってはそうじゃない。千円あればサービスデイに映画が見られるし(厳密には消費税分足らないが) 特売のTシャツがどうかしたら2枚買えるし、ちょっといつもより良いランチが食べられたりもする。それらを押しのけて、「片隅」に千円出してもらうと言うのは、とてつもないことだ。
 だから、何一つ妥協しないギリギリを詰め込んだ。自分たちなら持っていたい、持ち歩きたい本にした。リビングにぽいと置いておいても絵になる、素敵なカフェで広げても絵になる、そういう本にしよう、と思って作った。本に親しみのない人でも、気軽に読めるものにしたかったし、案外、文章を読むってのも悪くないなと思って欲しかった。
 本が好きな人は、抛っておいても本を読む。本に興味のない人に、本を手に取らせなければならない。そう出来るかもしれないものを作ろうとして、「片隅」は完成した。
 だから、マイナスでも良いのだ。良くはないが、伽鹿舎という出版社を知って貰うための投資だと決めてそうしたのだ。
 勿論、そんなことだけやっていたら単に貯金が尽きて終わるだけの話になってしまうから、そうならないために、片隅を刊行する合間に単行本を出すことにした。
 片隅には著者が多い。勢い、著者献本の冊数も多いし原稿料もケチらなくてはならなくなって作家にも相当申し訳ないことになっている。
 単行本なら話は別だ。著者、エージェント、翻訳者、デザイナーに画家、頑張ればこのくらいの相手だけでいい。
 たとえば、「幸福はどこにある」は、著者と原出版社に6%程度の使用料を払った。間に入ってくれたエージェントには送金から手続きまでしていただいて、それらの経費もろもろで3万円程度の手数料にしていただいた。掛かったのは売価千円の本を2千部だから、15万円程度だ。翻訳家の高橋啓先生には8%で諒解いただいた。既に刊行されたものの再刊だから、これで呑んでくださったのだと理解している。他に、素晴らしい装画を提供してくださった田中千智さんに画像使用料を払い、あの誰もが驚くカバーのアイデアをくださったテツシンデザイン事務所さんと、合わせて十万円程度。印刷代はざっと75万円に納まった。
 つまるところ、経費は120万円程度だ。これまた、全部売れたら200万円だが、実際には取次から55%、直取引先から平均65%の入金になるので、利益は知れている。
 ついでに、取次というところは1500部卸しても、まずはその半分の仮払いなので、750部の55%、要するに殆ど4分の1しかお金は入ってこない。
 次の本が出るまでに、全部売れて全部回収できたりは当然しないし、しかし経費は払わなくてはならないから、爆発的なベストセラーを生み出さない限りは一年365日常に資金繰りを考えていなければならないのだった。
 
 なんという夢も希望もない話だ! と思われるかもしれない。
 ここに普通どおり社員の給料を賄おう、などと考え出したらもっと悲惨だ。
 これでも本が高い、と思うだろうか。勿論、生活必需品としては高い。払わなければ払わないでも済むからだ。
 ただ、「よく生きよう」とするとき、本は必需品だ、とそう思う。
 それはどんなに低俗でくだらないといわれる本であっても、「よく生きる」為には必要なものだ。その人がそれを読み、何かしらを考え、あるいは笑い、あるいは憤り、あるいは悲しんでいる時間は、その本を読んでしか得られないものだからだ。
 人はただ食べて飲んでさえいればそれでいい生き物ではない。そうであってはあまりにも淋しい。
 
 だから。
 伽鹿舎は本を作る。作らせてもらえる間は、作って届ける。
 熊本地震に見舞われた九州で、本に何が出来る、と言われても、何もない場所から立ち上がる力をくれるのも、また本であって欲しいと思う。
 どうか、「本なんて」と思うあなたのところにこそ、届いて欲しいと願っている。
 夢はしばしば現実に押し潰されるけれども、それでも撥ね退ける力もまた、本が持っていると信じてやまない。
 
(つづく)

【出版社物語】伽鹿舎:本恋う鹿は笛に寄る 第6回

『クラフトブック』をやりたいんだ――
 
 この度の大きな地震に際し、たくさんの励ましの言葉、ねぎらいと応援をいただきました。
 ここに厚くお礼申し上げます。
 徐々に日常を取り戻しつつある地域がある一方、未だ非日常の真っ只中に取り残されている地域もあります。
 伽鹿舎の熊本スタッフは、地域への支援を直接的に行うことの出来る仕事が本業です。精一杯、取り組むことで熊本の為になると信じます。
 それとは別に、伽鹿舎として何が出来るか、ゆっくり考えています。目の前の傷が塞がって、それで終わりでない事を、私たちはもうとっくに知っているはずなのです。911も311も、それを深く刻んでいきました。
 ひとは、目の前にないことに思いを馳せることがむずかしいものです。
 ですが、ひとは、ひとだけは、知らないものを、ありもしないものを、そしてあるかもしれない現実を「想像」することが出来ます。
 文藝は、きっとそれらのために、何かが出来るのだと、そう思っています。
 
 
 
 前回、この連載は「印刷所探し」で終わっていた。
 結論から言えば、印刷所は長野の藤原印刷さんになった。
 出来ることなら印刷も九州で、と考えたが、そこは「片隅」である以上、輸送費その他の条件で、どうやっても経費が嵩んでしまうのだった。
 伽鹿舎のやり方がうまく行けば、九州で本を作ることはもっと増えるはずだ。そうやって需要が出来れば、いずれ印刷をめぐる情勢だって変わる。
 その為に、まずは無理せずお願いできるところにお願いしよう―― そう決めて、全国幾つかの印刷所に問い合わせをした。
 基準はわがままだった。面白い印刷を手掛けているところが良かったし、印刷は当然綺麗でないと駄目だった。いわゆる写真集を手掛けられる精度のあるところ、というのが一つの基準にもなった。
 気に入った手持ちの本を引っ張り出し、奥付の印刷所を片っ端から確かめた。
 そうやって、辿り着いたのが藤原印刷さんだ。
 ためしにお願いした文庫3千部の条件に、余所の半額程度の見積りが返ってきて正直に言えば目を疑った。
 本当にこれで出来るのですかと言った加地に、藤原さんは笑って言ってくれた。
「面白いことには、参加しなくっちゃ! 応援しますよ!」
 今となっては、藤原さんはこれを少し後悔しているのでは、と疑っている伽鹿舎だ。何しろ、一冊目からとんでもない苦労を掛けることになった。この紙が良いだのああいうのが良いだの、軽くなきゃいやだだのカラーと一色で紙を変えたくないのでどちらも映える紙、だのと好き放題に注文をつけた。奔走してくださった藤原さんがいなければ、伽鹿の本は出来上がらなかった。ありがたすぎて、いつかもっと、たくさんの注文が出来るようになることで恩返ししたいと思っている。
 何故、長野なのか、と思ったが、長野は印刷の歴史が長い。切磋琢磨されていく中で、安価で上質な印刷をするところが生き残っているのだと、そう聞いた。いわば、印刷の町、だ。九州だって、だったら本の島になれるに違いない。
 
 伽鹿舎の本は、出せる、と目処がたった。
 印刷所が決まり、流通方法が確保され、入稿データを作成する技術はある。よし、作ろう、と思った。
 坂口恭平さんの絵のレーモン・ルーセルは、絵が届いてから考えるしかないし、そもそもせっかくなら新訳でやりたい、と欲張った。
 絵が百枚もある以上、最低でも百頁あるわけだから、大長編であるルーセルの「アフリカの印象」をそのまま収録するには頁が嵩みすぎる。第一なにより、平凡社ライブラリーさんから岡谷公二さんの訳で最高の本が今も出版されている。やるんだったら新しいことをしないと意味がない。じゃあ、と考えて、抄訳かつ新訳、に辿り着いたのは必然だった。
 恭平さんの絵と印象深い一節を並べて、詩画集であるかのように作るのがいい、と思った。
 ルーセルは難解だ。内容がというより、言葉がそもそも難しく、かっちりしていてとっつきにくい。それの何が面白いのかを伝えるための、軽くて楽しい本にしようと思った。何しろルーセルというひとは言葉の魔術師で、言葉遊びから「アフリカの印象」を作ったのだ。アフリカになど、彼は一度も行ったことがない。
 アフリカに一度も行った事のないフランス人が書いた言葉遊びの、しかし何故だか堅苦しくて難解な(そこが面白みなのだけれど) アフリカの小説と、アフリカに一度も行った事のない日本人の坂口恭平がルーセルの本を読んだだけで好き勝手にイメージして描いた絵。
 こんな愉快な組み合わせはそうそうない。
 とにかく新訳に挑んでくれる翻訳者を探さねばならない。これは長期戦になることが容易に想像できた。だが、やりたかった。そうでないなら出さなくて良い、とまで思った。
 なぜなら、伽鹿舎は「自分たちが欲しい本を創る」ためにあるからだ。
 
 この「自分たちが欲しい本を創る」というシンプルに過ぎる欲求は、実はクラフトビールに似ているな、と思っている。
 今や日本でもすっかり定着しつつある「クラフトビール」は、元はといえばアメリカで始まった。
「自分が飲みたいビールがアメリカにはない」
 アンカー・ブルーイング社のフリッツ・メイタグ氏がそう唸って始めたのがクラフトビールであるらしい。
 それは徐々に広まり、「自分たちの飲みたい味」「自分たちの飲みたいスタイル」を目指すクラフトビールは紆余曲折の後、市民権を得ることになる。
 既存のものでは満足できないなら、自分でつくればいいじゃない!
 クラフトビールに出来たことが、本で出来ないとは思わない。
 伽鹿舎がやろうとしているのは、いわば「クラフトブック」なのだろう。
 熊本に伽鹿舎が、他の土地には他の出版社があって、それぞれにご当地でしか買えない本があったら愉快に決まっている。
 本を求めて日本中をふらふら旅し、旅の合間に本を読み、ご当地の美味いものを食い、自然に触れ、面白いことを体験する。
 そういう生活が当たり前になる未来を信じている。
 
 こんな風に、伽鹿の本作りは始まった。
 
(つづく)

魂に背く出版はしない 第8回 渡辺浩章

第8回 未知との遭遇

 
 前回の投稿日を見直すと[tcy]12[/tcy]月5日となっているので、3カ月近くこの連載をさぼっていたことになります。そこで、今回は読者サービス? のつもりで少し脱線して、筆を滑らせてみようと思います。
 これまで、私の出版活動に強く影響を及ぼした身近な人々について書いてきました。そこで今回は、強く影響を受けたけれども縁もゆかりもない人ども、さらには現実には存在しないと思われているもの、たとえば幽霊、つまり未知との遭遇について、その実体験を簡潔に書いてみます。なぜこのような書き出しになるかというと、鉄筆の社是「魂に背く出版はしない」にある魂について、さらに理解を深めてもらうことができるのではないかと期待するからです。
 
 最初のお話は、二十歳のころの真夏の夜の出来事です。私は大学三年生。ラグビー部の練習はオフでした。それでも夜になると自主トレを行う者が少なからずグラウンドに集まって、夜間照明の下で汗を流していました。
 熱帯夜でした。私は自主トレを終えてシャワーを浴びて、部室でタオルを手にしていました。そのとき、尋常でない蒸し暑さに耐えきれず、私は裸のまま部室の外に出て、身体に夜風をうけて涼むことにしました。
 部室の出口から眺めると、ラグビーグラウンドの手前にはサッカーグラウンドがあり、そのサッカーグラウンドのタッチラインに沿って走る人影が眼に入りました。白いTシャツが一人静かに走っています。
 時刻は0時だったか1時だったか。それ以前にはサッカー部員の自主トレ姿を見かけなかったので、こんな深夜になって自主トレを始めるとは熱心な人だ、と感心しながら見つめていました。走るフォームが良い。体格も良い。これはなかなかの選手に違いない、と私は直感しました。
 大向こうを左回りに走る白いTシャツはコーナーを二つ曲がって私の前を通りすぎ、階段状になっている観戦用スタンドの裏に姿を隠しました。そのまま直進するとラグビーグラウンドに突入するから、次のコーナーを曲がってまた姿を現わすだろう、と熱帯夜の風景を凝視します。けれども[tcy]10[/tcy]秒……[tcy]20[/tcy]秒……いくら待っても白いTシャツは現われません。
 転んだのか。それともスタンドに腰掛けて休んでいるのか。[tcy]30[/tcy]秒も過ぎたころ、私は一歩を踏み出して、スタンドの裏側を覗きに行きました。白いTシャツの姿はありません。
 さてはラグビーグラウンドまで走っていったかと、そちらにも足をのばしてみましたが、そこにも白いTシャツの姿はありません。これは、その先の塀をも乗り越えて、いきつけの飲み屋にまでも走っていったに違いない。この熱帯夜に汗を流してから飲むビールはさぞかし美味しいことだろう。そう結論づけて私は帰路に着きました。
 
 ラグビー部の寮に帰ってみると、予想外な深夜の賑わいが待っていました。笑顔なき賑わいです。聴けば、サッカー部の先輩が夜の首都高速で交通事故に遭い即死したのだといいます。それから先の話は上手に聞くことができませんでした。関東代表でもあり将来はもっと上の代表を狙えるほどの名選手だということをかろうじて理解しました。
 事故の状況などを聞いている最中、白いTシャツの自主トレ姿が脳裏に浮かんできて、動揺し、身体は凍えて震え、涙が止まりません。そのときに私は何を思っていたのか、これは当時も今も上手く表現できません。
 先輩の魂はそれからは、昼夜の別なくグラウンド近くを彷徨っては皆を驚かせ、ついには神主に鎮魂されていったと聞きます。先輩の魂は成仏したのだと聞かされたとき、思いが一つ生まれました。ああ僕は、たとえ明日死んでも悔いを残すことのないように生きよう、と。先輩は悔いを残しただろうか? そもそも自分が死んだことに気づいていなかったのではないだろうか……。
 
 明日死んでも悔いを残さぬよう生きるというのは、なんだか潔い生き方に思えますが、では具体的にはどのような生き方をすればよいのかと考えてみると――これはなかなかの難問です。目標に向かって努力を重ねて、レギュラー選手になったとしても、ライバル校に勝利をしても、たとえ日本一になったとしても(実際には決勝戦で負けました)、その瞬間、明日死んでも悔いなし、とは実感できないものです。多少の達成感を得ることはあっても、その先の生に思いが及んでしまいます。
 生きるとは何か。人間は自分一人幸せに生きるだけでなく他者の幸せのためにも生きなければならない。しかし生きるために人間は他の生物の命を食らう。人間は食うために他者の命を奪うばかりか、昔も今も、人間相互の殺しあいまで行っている。大規模な紛争となれば想像を絶する数の飢えに苦しむ人間を生みだしていく。このような世界で人間の生きる意味とはいったいなんなのだろうか。
 そのようなことを考えているときによく思い浮かべるのが、フランスのノーベル文学賞作家ロマン・ロランが戦争に対する強い怒りを込めて描いた恋愛小説『ピエールとリュース』です。昨年末にこの小説を鉄筆文庫で復刻しました。第一次大戦から第二次大戦にかけて、ロランは実生活において、このような問いに対する一つの答えであるかのように、ヨーロッパでの反戦運動を主導しました。『ピエールとリュース』を読み返すたび、同時代に生きることのなかったロランの魂に接近していく気分が生じます。
 私の場合、前述のような問いに対してもっとも密接に関連してくるのは、宮沢賢治の思想です。(当然ながら賢治とも出会ったことはありません。)その気分を賢治風に言い表わすとすれば、ぜんたい人々がみんな幸福にならないかぎり、私の幸福もありえない、というふうになります。これもまた難解な問いです。
 
(つづく)

 

【鉄筆の本】
新刊!

九州限定文藝誌『片隅02』 4月23日発売!

 私たちは、ここにいます。
 
 
katasumikatasumi-2

 お待たせいたしました!
 九州限定の、中身は何一つ制限のない文藝誌「片隅」の第二号が出来上がりました。
 九州の本屋さんからしか手に入れられない、とびきりの贈り物。どうぞ、あなたのお手元にも、ご一緒に。
 

 

書籍『片隅』
2016年4月23日刊行
A5変形・フルカラーカバー・本文160頁
定価:税込1,000円
九州限定配本 ISBN 978-4-908543-03-6
取扱取次:熊本ネット

20160423-book-13

 

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【出版社物語】伽鹿舎:本恋う鹿は笛に寄る 第5回

伽鹿はどんな本が出せるのか?
 
 本を書店に並べてもらうためには、直接取引をするか、間に取次に入ってもらうのが普通だ。
 さて、伽鹿舎でどうするか、と考えたとき、直接取引は難しそうだった。何しろ誰も昼間に動くことが出来ない。本業があるのだから当然である。
 必然として、取次を介して大半の書店に配本してもらうしかない、ということになった。手数料分はもちろん痛いが、自分が出来ないことを代わりにやってもらうのだから、そのくらいは当たり前のことだ。
 では取次と契約をしよう。
 と、なるところなのだが、実は事はそう単純ではなかった。
 何しろ伽鹿舎は九州限定でしか本を売らないと決めてしまったのである。
 普通、取次と言って思い出すのはトーハンさんなり日販さんなりの大手取次会社だ。
 彼らは日本中の本を扱っているし、日本中の本屋さんを相手にしている。取次はある種の銀行機能を兼ねるから、取引開始時点では「口座を開く」という言い方をする。では伽鹿舎がこれらトーニッパンに類する取次に口座を開けるか? 答えはノーである。
 取次だって商売をしているのだ。当たり前だが、定期的・継続的に本を出し、利益を生み出してくれる出版社でなければ口座を開く審査に通らない。そんな大手取次でなければ良いのか、というとそうでもなく、だがしかしいずれにせよ、最終的にネックになるのは「九州にしか卸さない」ことだった。
 当たり前である。より多く儲けたい商売人が、何を頓狂に九州に限定する理由があるのか。
 それでも物は試しにいくつかの取次に問い合わせはしてみた。九州に限定したいというと、相手は必ず困惑して言った。
「いや……書店さんから注文があればね、卸さないわけにはですね……」
 そりゃそうだ。あなたは九州じゃないので駄目ですとは、やはりそもそもメンドクサイし無理がある。
 さて困った。どうしたもんか。
 破れかぶれに天下のグーグル先生に訊いてみた。こうである。「九州 配本 取次」驚くなかれ、なんとヒットした。まっさきに目に飛び込んだのが「熊本ネット」さんだった。
 
 熊本ネットさんは、その名に「ネット」と付いているので、出版業界の人ですら最初に聞くと「あ、インターネット販売なんですね」という。違う、このネットは流通ネットワークのネットであって、インターネットは何にも関係がない。
 そもそもは、ローカル雑誌などをメインに取り扱っている、熊本の取次さんだ。その配本範囲は、九州・山口と限定されている。
 これしかない、と思った。思ったので、問い合わせのメールを送った。こういうことをしようと考えているが、御社で可能だろうか。
 驚くべき速さで返事が来た。しかも「打ち合わせましょう。そうですね掛率は通常だと[tcy]65[/tcy]%くらいですが相談して。いつ相談できますか。明後日はどうですか、だめならその次の日でも」ぶっきら棒なうえに前のめり過ぎる。話が飛躍しすぎてもいる。まだこっちは漠然と作戦を練っているだけなのである。
「こわ!」
 一声叫んで、メールをみなかったことにした。更に数時間後、数日後、いつがいいですかまだですかとメールが来た。もう完全に怖くなってしまった。この会社はなんかヤバい!(熊本ネットさんすみません)
 未練がましくほかの方法を探してみた。だが、やはりどうやっても、九州限定で、しかも人の手を借りて本を書店に届ける手段はありそうもなかった。ゼロから構築するには、あまりにも知識も伝手もなさすぎる。
 最終的に、二ヶ月近くも放置していたメールにようやく返事を出した。専務の柴田さんがすぐに返事をくださった。会ってお話をしましょうと、丁寧に言っていただいて、加地は熊本ネットさんに足を運んだ。
 熊本ネットさんは、大きな会社ではない。にこにこと愛想のよい女性が出迎えてくれた。案内された応接室で、初対面した柴田さんは、背の高い男性だった。名刺を差し出してくれながら、目を細めて顔をほころばせた。
「良かった、すごく面白いと思ってたので、ご連絡ないから、もうきっともっと大きいほかの取次に決まっちゃったんだよってみんなでがっかりしてたんです」
 とても熱心に話を聞いてくださった。伽鹿のやろうとしていることは絶対面白いと言ってくださった。応援したいし、是非やらせてほしいとも言ってくださった。
 取次の役割については知っていても、内情はまださっぱりわからない。仕組みもいまいち漠然としている。要するに何もわからない。わからないが、面と向かって話をしているこの人は信頼できると思った。本が好きでね、と照れたようにその人は笑った。僕は中央で出版業界に勤めてたんだけど、戻ってきたんです。本屋の息子なんですよ、ホントはね。だから書籍取り扱いたくて、いっぱい失敗しちゃいましたけど、自分たちでも出してみたり、いろいろ挑戦しては来たんです。
 もう一度、書籍ちゃんと取り扱いたいんです、と言ってくださった、その書籍が伽鹿の本であることは光栄な気がした。奇しくも熊本の会社だ。一緒にやれたら良い、と思った。ちょっと怖かったのでメールできませんでしたなどとは一言ももらさず、加地は身を乗り出した。
「ぜひ、お願いしたいです。よろしくお願いします!」
 
 そんなわけで、九州限定配本は、実現可能になったのだった。
 驚きである。大分の書店員さんに言うと「ああ、良いですね、熊本ネットさんは委託だし、本屋としてはとても助かるんです」と言う。
 そう、小さな取次には、配本はもちろんするのだが、条件を買い切りに設定するところが多い。小さな取次だから、委託にしてしまって返本されると、その割合によっては途端に資金が苦しくなる。だから買い切りにするのだ。買い切りならば、売ったら売っただけが入ってくるシンプルな構造に出来る。
 だが、これは書店としてはリスクなのである。買ってしまっては、売れなかったときに損失になる。当然、発注に二の足を踏む。それよりは、返せるからと気楽に頼んで、積み上げた方が結果としては見栄えもするし客の目にも留まって売り易い。大きなチェーン系書店に勤務しているその書店員さんは、それを強く示唆してくださったのだった。
「加地さん、可能なら絶対、委託が良いです。その方が、書店は絶対とる(注文する) から」
 さすがのにぶい加地にも、本をめぐる色んな構造がすこし見えて来始めた。
 そもそも、買われるか買われないかわからない地方の(人口が少ないのだから仕方がない) 書店には配本自体が少ない。全くない事さえある。全冊配本をうたっていると買い切りだったりする。そうやって書店は本が手に入らず、積むことも出来ず、陳列に苦慮し、客の目には入らず、ますます売れないから配本がなくなる。
 特にチェーン店は配本に頼っている。入ってくる本を吟味して店頭に並べる。だが、それが偏っているとしたら、思うような棚は作れない。あるいは、もう仕方がないとあきらめて、アルバイト任せの、あるものをそのまま並べる棚に成り果てる。そうなればますます、書店から客足は遠のくのではないか、
 せめて、委託であれば、担当者も思い切って発注を掛けられる。実際に入ってくるかはともかく、発注してみることはできる。だが、買い切りであればそれも難しい。
 かくも、書店をめぐる情勢はややこしく難しく、ままならないのだった。
 これはとてもかなしい事だし、さびしい事だ。本屋さんは、売りたいものを売らせて貰えない。
 だとしたら、伽鹿の本だけでも、九州の本屋さんが売りたいだけ並べさせてあげられたなら、今までずっと本好きの我々を支えてくれた地元の本屋さんたちにだって、多少の恩返しにはなるに違いない。
 無論、それには伽鹿の本が、本屋さんが並べたい本である必要がある。
 
 伽鹿はどんな本が出せるのか?
 
 坂口恭平さんの絵は貰えることになった。
 それを誰もが欲しいと思う本にしなければならない。本屋さんが並べたい、売りたいと思う本にしなければならない。出来るのか? やるしかない。
 資金はない。有志の出してくれた資金は、個人としては大金だが、出版社を始める、というときに想定される額にはおよそ笑えるくらいに足りていない。それでも、工夫次第では出来る筈だ。少なくとも、伽鹿舎は現時点では人件費が発生しないという一番ずるい方法をとっている。だからこそ出来る贅沢で素敵な本を、是が非でも出すしかなかった。
 
 先に売価を決めた。
 本来は逆だ。だが、手に取って貰える額、というものを最初に設定しないと駄目だ、と思っていた。
 それだけのお金を出しても手に入れたいと思って貰えるか否か、かろうじてそう深く悩まずともある程度の人なら手が伸びる額は千円札一枚だろう、と思った。それ以上になったら、もう考え込む金額になる。未だ、時給ですら千円は高い方なのである。映画一本と一冊の本は消費のされ方が少し似ている。千八百円を出して映画を観ることを躊躇しても、サービスデイの千円の日にはそれなりに人が行く。だから千円だ。
 前述の書店員さんも賛同してくれた。千円まででしょうね、とそう頷いた。
 九州だけで、知名度のない伽鹿舎が出した本が、何冊だったら売れるのか。これは皆目見当がつかなかった。
 九州の人口はヨーロッパの小国程度はある。あるがしかし、圧倒的に車通勤の多い九州では、本を読む時間を作れる人はそう多くない。それでも、と思った。それこそ、千人だったらどうだろう。少し大きな小学校一つ分。たったそれだけにすら訴求できなかったら、それは伽鹿の本がダメなのだ。
 そうだね千冊なら、と書店員さんも言ってくれた。千冊なら、頑張って売ってみせますよ!
 
 千円を出しても惜しくない本の見た目とは、どんなものだろう?
 果たしてそれは、一冊を千円で売っても回収できる印刷代に収まるのか。たった千冊しか刷らないのである。一冊単価は高くなる。ぎりぎりの線で、一番いいと思える形にしたかった。
 印刷代さえクリアすれば、伽鹿舎は本を出すことが出来る。
 つまり、次の課題は印刷所を探すことだった。
 
(つづく)

原作本再刊行記念・映画「しあわせはどこにある」再上映! 『九州しあわせさがしの旅3DAYS』開催決定

来る2016年3月19日からの三日間、「幸福はどこにある」刊行記念イベントの開催が決定しました!
 
 「幸福はどこにある」はサイモン・ペッグ主演映画「しあわせはどこにある」の原作本でもあります。
 2015年のお気に入り映画になった人も多かったこのキュートでポップで少し考え込む素敵な映画を、九州の二つの映画館が上映してくださることになりました!
 また、特別イベントとして、原作小説の翻訳者、高橋啓先生のスペシャルトーク付き! めったに聞けない貴重なお話をうかがえるチャンスです。是非ご参加ください!!!
 
 春の3連休、九州に旅行がてら、しあわせさがしの旅もごいっしょに、いかがですか? そろそろ桜も咲く季節。とっても素敵な旅になるでしょう!
 

高橋啓
 
takahashi (Kei Takahashi)翻訳家/1953年生まれ。北海道帯広在住
 おもな訳書に、パスカル・キニャール「音楽への憎しみ」(青土社)、 カトリーヌ・ クレマン『テオの旅」(NHK出版)のほか、フィリップ・クローデルを多数手掛けている。
 また、ローラン・ビネ「HHhH プラハ、1942年」が、2014年本屋大賞翻訳小説部門で第1位となった。
 最新刊はエドゥワール・ルイ「エディに別れを告げて」(東京創元社)。

 

■2016年3月19日*熊本 Denkikan
 
shiori03 ・開 場:17時50分
 ・上 演:18時00分(本編119分)
  終演後:高橋啓トーク
 ・前売券:手数料込2,100円/当日券:2,500円
 ・物販・サイン会あります。
  全ての終了時間は21時30分を予定しております(最終退場者)
 
 御存知、熊本の老舗映画館「電気館」さんです。
 お席は全席自由となっています。
 2階に素敵なコーヒーバーがありますので、お願いすれば座席まで持ってきていただくことも可能ですよ!
 
 前売券は、電気館に直接電話予約(Tel: 096-352-2121 当日引き換え) となります。
 なお、前売券のチケットは、画家の田中千智さんのご好意で、今回のみの特別しおり型で作成しました! 表は「幸福はどこにある」カバー装画から、裏面には映画のヘクター先生のカットが入っています。
 映画鑑賞後は、ぜひ「しおり」としてご愛用ください!
 
 当舎でのご予約分につきましては、前売券を発送いたしました。3月18日までに届かない場合は、必ず当舎にお問い合わせください。また、しおりはチケットとなりますので、当日お忘れにならないようお願いします。

 

■2016年3月20日*福岡 ブックスキューブリック
 
hakozaki 映画の上映はありませんが、かわりにたっぷり高橋先生のお話を聞こう! というブックスキューブリックさんです!
 ”九州しあわせさがしの旅3DAYS”in福岡
 『幸福はどこにある』刊行記念 高橋啓トークショー
 時間:19:00スタート(18:30開場)
 会場:カフェ&ギャラリー・キューブリック
 (ブックスキューブリック箱崎店2F・福岡市東区箱崎1-5-14
  JR箱崎駅西口から博多駅方面に徒歩1分)
 入場料:1,800円(ワンドリンク付・要予約)
 出演:高橋啓(翻訳者)
 聞き手:大井実(ブックスキューブリック店主)
  
 ブックスキューブリックさんは、店主の大井さんが「幸福はどこにある」をとても気に入ってくださり、ラジオでもご紹介くださいました!
 大井さんと高橋先生のやりとりは、きっと刺激的で面白いこと間違いなし!!!
 ご予約はこちら! http://peatix.com/event/153200
 なんとこのイベントの前々日(18日) には、柴田元幸さんのイベントがありますから、翻訳漬けのキューブリックさんです。

 

■2016年3月21日*大分 日田リベルテ
 
001 ・上 演:13時30分(本編119分)
  終演後:高橋啓トーク
 ・当 日:2,000円
 ・物販・サイン会あります。
  全ての終了時間は17時00分を予定しております(最終退場者)
 
 「暮らしの手帖」などで御存知の方も多いかもしれません。大分の「日田リベルテ」さん。
 小さく素朴なアナログの、とっても素敵な映画館です。座席は68席。こちらも、全席自由となっています。
 カフェギャラリーが併設されているのですが、当日は飲み物を特別価格にしてくださるとのこと! 是非美味しい飲み物を手に、映画を楽しんでくださいね!
 
 ご予約は、日田リベルテに直接電話予約(電話 & FAX : 0973-24-7534) または、当舎のメールフォームからとなります。
 当日は、ご来場者先着で、熊本Denkikanさんでの前売券と同じ「しおり」を差し上げます!

 
 春の3連休、是非、しあわせさがしの旅、ご一緒しましょう! お待ちしています!!

【出版社物語】伽鹿舎:本恋う鹿は笛に寄る 第4回

アクロバティックな無茶 ――九州限定配本
 
 坂口さんがご自分の書いた百枚のアフリカの絵をくれるという。
 その話をして別れた直後、加地が始めたのは「本ってどうやって流通しているのか」を再確認する作業だった。
 
 その前に一つ、説明しておこう。
 伽鹿舎のおそらく最大の特徴である「九州限定配本」である。
 伽鹿舎で、本を出す際には、九州限定で配本する。九州でしか、手に入らない本にするのだ。
 この、誰に言ってもまず「何故!?」と驚かれる方針を決めた理由だ。
 それは、伽鹿舎のメンバー全員が、伽鹿舎を本業にはしていない、ということから出来上がった必然だった。
 
 そもそも、伽鹿舎には出版関係者がひとりもいない。書店関係者すらいない。
 全員が本業を持ったままで伽鹿舎に参画している。逆に言えば、そうであるからこそ、やれている。食べていくだけの稼ぎは本業で得ているから制約なしに伽鹿舎を存在させられるのである。
 ということは、伽鹿舎の為に全面的に時間を割くことは出来ない。
 勿論、それは片手間という意味ではない。いや、それは片手間だよと言うひとも勿論あるだろう。だが伽鹿舎の人間は誰もそんな風には思っていない。
 無理はしないと決めた。続けていくためだ。だが手は抜かない、とも決めた。そうでなければ意味がなく、作品を寄せてくれる作家に失礼だからだ。
 伽鹿舎が名を残し、ゆるぎなく存続しなければ、そこに作品を寄せてくださっても誰にも届かないことになってしまう。私たちはこれが良いと思うのだと、ある意味で声高に触れ回り押し付けて回ろうとしている厚かましさがないなら、新人を世に出す、などと言えはしないし、それが名もない誰にも相手にされない出版社では意味がない。本はただ出せばいいのではなく売れなければ困るのだし、売れるには知名度が必要であり、知名度がなければそもそも売れないのである。はっきり言って、全部を同時に実現するなどというアクロバティックな無茶を要求されていると思ったほうがいい。
 
 本の作り方だけは知っていた。印刷所に入稿するだけのデータを作ることは、出来る。これは加地一人でも出来た。だが、それでは駄目だった。加地は素人で、物は日本中の人に欲しいと思ってもらわなければならないのだ。最低でも、デザインはしっかりとしたものでなければ「物」としての価値がなくなる。WEBデザイナーとして迎えた飯田に、書籍や紙面のデザインも手を貸してくれるように頼んだ。快諾を得て、本はさしあたって二人でメインになって作業をすることを決めた。それ以上の外注は考えない。何故なら、印刷代の回収以上のことを考えるには、伽鹿舎は資金もないし知名度もなさすぎる。
 本だけなら、それで出来る。
 問題はどうやって書店に並べるかだ。
 基本的に、出版業界というものは、出版社、取次、書店の三者で成り立っている。出版社が本を作り、取次に卸すと、取次が書店に配本し、書店は配本された本を売り、売上を取次に支払うし、売れなければ返す、というのが一連の流れだ。取次は出版社に対し、当面の売上を渡すが、書店から本が戻ってくれば渡した売上を取り返すか、残りの支払で調整する。つまり、書店は出た本を調べまわって注文して仕入れる作業から解放され、売れないリスクからも解放される。取次は出版社に対して売れないかもしれない本を仕入れるリスクを、返金させられるという仕組みで免れているし、出版社は自力で書店を開拓したり手続きをしたり発送をしたり膨大な集金や請求書の発送をする手間から解放されている。
 ところが、それで何が起こるか。お金のない出版社はとにかく新しい本を作りさえすれば初回の入金があるため、ひたすら本を出そうとする自転車操業に陥りやすいのである。
 そうやって、出版点数は天井知らずに増えていったし、溢れかえった新刊の山に埋もれて、書店は全部に目を通すことさえ困難になっている。
 それを受けて、この頃は直取引の小さな版元も増えてきた。取次を通さずに直接書店と取引をすることで、目の前のものをしっかり見据えて本作りをしようというわけである。
 どちらが正しい、わけでもない。どちらにも一長一短があるし、どちらだって、正しいやり方だ。
 では伽鹿はどうするのか。
 前述の通り、資金力も知名度もない以上は、そうたくさんの数を刷ることは出来ない。おまけに、扱ってくれる書店を一店舗ずつ回って開拓するなんて時間も本業がある以上は絶対に無理である。
 それどころか、全国からの注文の電話を受けることさえ無理だ。何しろ本業の勤務中になってしまうのである。
 それでも、せめて取り扱ってくれる書店には少しずつでも挨拶には行きたいし、並べてくださった本を確認にだって行きたい。だったら、主要メンバーの集まる熊本から、どうにか一万円以上を掛けずに日帰りできる範囲でなければ無理だ。単純に考えれば、九州の真ん中に位置している熊本からその円を描けば九州ということになる。
 だったら、九州にだけ卸せばいいのではないか。映画だって、東京から順に公開されるのである。九州は、たいてい東京から数ヶ月遅れる。下手すると半年くらいは遅れる。たまには逆があったっていい。九州で発売され、半年後にようやく首都圏でも売られる、そういうものがあったっていい。寧ろ、面白いじゃないか。九州限定の本である。ローカル雑誌なら聞く話だが、一般書籍でそんなことをやっているのはちょっと聞かない。スイーツがご当地限定で、キャラクターグッズがご当地限定なら、じゃあ本だってそうしたって良いんじゃないか。
 これは、思いついてしまえば実にいいアイデアのように思えた。何より面白い気がした。「片隅」からの逆襲である。たまには首都圏のひとびとに手に入らないと呆然とする体験をしてみてもらってもいい。首都圏コンプレックスと、言わば言え。「片隅」の我々は、首都圏でしか手に入らないものの為に死に物狂いでやりくりをして首都圏まで出掛けて行くのである。欲しいもののためなら、人はそのくらいのことはやる。そのくらいの情熱を持ってもらえるような、そんな本を作れたら最高じゃないか。
 当然、今までそれが存在しないと言うのは「そんなことうまくいくわけがないから」だという可能性は当たり前に考慮する必要があった。それでも、九州限定配本は、絶対に面白い気がした。
 最初は、そうして半年なり一年後には、全国にも展開すればいいのではと考えていた。タイムラグでいい。
 しかし、最終的にはこれは覆した。九州限定は、あくまで九州限定でなければならない。いずれ手に入るのなら、わざわざ出掛けなくても待つ、という人は幾らでもいるに決まっているのだ。
 偉そうに書いているが、それを教えてくれたのはお笑い芸人キングコングの西野亮廣さんだった。こんなところで突然ニシノアキヒロが出てきて仰天したかもしれないが、事実だからしょうがない。これについての詳細は別の機会に譲るとして。
 伽鹿舎は、九州限定配本をしよう、と決めた。ご当地キャラやご当地スイーツのように、本で九州に人を呼べる、そんな出版社を作りたかった。そうして、九州を本の島にするのだ。
「おもしれーじゃん!」
 そう坂口恭平さんが言ってくれた伽鹿舎の方針は、こうして誕生したのだった。
 勿論、その時点では数年後に実現するつもりだったのだ。
 
 だが、今、目の前に素晴らしい作家がいて、作品を提供しようと言ってくれている。
 飛びつくことにした。アクロバティックな無茶をやり遂げる方法などまだ何もわからない。わからないが、絶対にこれはチャンスに決まっていた。
 だから、最初にやったのは「どうやって書店に本を並べるのか?」という、しかも九州限定配本などという妙なことを実現するための、方策を探すことだった。
 
(つづく)

【出版社物語】伽鹿舎:本恋う鹿は笛に寄る 第3回

誤算
 
 レーティングもジャンル制限もせず投稿を受け付けた上で、これはと思うものはどんどん世に知らせるべく公開し、本にし、「文藝」を信じきってやっていく、そういう場をつくりたい。
 
 そう言って伽鹿舎を始めるに当たって、まず最初にそれをいいねいいねこうしようああしようと一緒になって考えてくれたのは木間だった。そもそも木間が「やろう」と言ってくれなければ伽鹿舎は誕生すらしていない。よくある友人同士の、こんなものがあったら面白い、という盛り上がるだけ盛り上がった挙句に消えていく「何か」になる可能性はそれなりに高かった。が、そうはならなかった。
 発想の出発点は「自由な投稿サイト」だったから、スタートがWEBであることは即座に決定した。木間の本業はエンジニア、いわゆるプログラマだとかSEと呼ぶべきものだから、ある程度のものを作る事が出来る。
 木間と話し合い、ただ投稿サイトを用意するのではなく、投稿サイトを経た結果、これはと太鼓判を押せるものをピックアップして毎日更新される、そういうWEB文藝誌が良い、と話がまとまった。つまり、表に見えているのはWEB文藝誌のみだ。ほかにクローズドで投稿サイトを作り、そこでは投稿は出来るが作品は参加者にしか公開されない。
 では誰が「セレクト」するのか、が問題だった。木間はあっさりと、まずは加地さんがとそう言った。
 通常「編集」というと、誰もが出版社に勤務する「編集者」を漠然と想像するのだろうと思う。作家のところに原稿を取りに行き、待たされてじりじりする、なだめたりすかしたり怒ったりしながらなんとか原稿を貰う、そういうステレオタイプの編集者像はドラマやマンガでも見掛けることがある。
 だが、「編集」というのは、私たちが日常的におこなっている事でもあるはずだ。誰しも日々、洋服の組み合わせを決め、家具の配置を考え、何に優先順位を付けるか無意識に考える。それらは広く言えば「編集」だと言って良い。
 そういう広い意味での「編集」なら確かに出来る。
 だったらそうしよう、と思った。加地はそう特殊な人間ではないから、大多数がそっぽを向く、というようなセレクトにはならない。だが、無くて七癖と同じく、選ぶものは確実に一つのテーマを孕むはずだ。それは否応無くそうなる。それを提示してみるというのは面白い。書店で書店員さんがどんな本を選んでどう並べるのか、それによって棚の個性が決まるように、そんなWEBサイトになれば良いと考えたのだ。
 そこでもう一つ、方向性が決まった。加地が九州の人間だから、じゃあ九州でセレクトする、ということにこだわってみようじゃないかと。「伽鹿舎」全体の「編集方針」は「九州」になったわけである。
 木間は実は九州には全く関係が無い。出身も学校も職場も現在の居住地だって九州ではない。それでも、この方針を面白いと言ってすぐに賛同した。現在までに集まったスタッフは、誰もが「面白いから」と参画の理由を口にした。
 幸いにして、以前に手伝ったWEB投稿サイトのお陰で書店員さんたちとの交流が続いていた。せっかくなら、「セレクト」に彼らに参加してもらえたらもっと面白いなと思った。九州の書店員はどんな作品を選ぶのか。ある種の土地の傾向があるのかないのか、静岡での本の賞のように、独自の「編集」が誕生すれば絶対に面白い。
 この「投稿サイト」は面白くなると思えた。木間と何日も掛けて構想を詰めた。詳細は次回以降に譲るが、実現すれば楽しいだろうと思えたし、見回しても今のところ、今現在に至るまで、似たことをやっている投稿サイトも見当たらない。
 これで行こう、と決め、WEBデザイナーを次にスタッフとして迎えた。
 投稿サイトとWEB文藝誌サイトの二つを同時に作らなければならないから、構築を依頼した。文藝誌は4月の本の日に始めようと話はまとまった。正式公開まで4ヶ月足らずである。投稿サイトなど一夜で出来るものではないから、仕組みが出来上がるまでは、純粋に原稿を募る、あるいは依頼するしかない。すぐにその仕事にとりかかった。わくわくしたし、楽しかった。面白いものが出来るだろう、とそう考えていた。
 
 WEB文藝誌の誌名を「片隅」と付けてくださったのは大分の井野裕先生だ。
 九州は日本でも中心からは実に遠い。そういう場所から敢えて、という気持ちを篭めた「片隅」という誌名を我々はとても気に入っていた。
 「片隅」のロゴは加地が作った。そうそう資金があるわけではないから、自分たちで出来ることは全部やる。続けて木間と舎名を決めた。カジカ、というのは、魚とカエルの二種類存在している。どちらも美しい清流にしか住まない。九州らしいんじゃないか、と思った。カエルのカジカは鹿のような綺麗な声でなくから河の鹿なのだという。九州は山が近い。鹿は身近な生き物だ。カジカの音を貰い、鹿の字を使って、さて残った「カ」をどうするかと考えて「御伽草紙」から「伽」をとった。その頃には合流してくれていた青木は室町時代が専門の研究者だ。「いいじゃないか、御伽草紙のように、ずっと残り続けるものを、と願いを篭めよう」とそう言った。決まりだ。
 そうと決まってから舎のロゴの依頼をした。こればかりはどれだけ木間と二人でこねくり回してもどうしてもしっくりいかなかったのだ。手書きの文字で、真ん中の鹿の字だけを象形文字のような、それ単独でイラストとしても使えるようなものをと方向性は決まっていたというのに、どうやっても巧くいかない。困り果てた挙句に、以前から手掛けるデザインがとても好きだった福岡のテツシンデザイン事務所さんに連絡を取った。図々しくお願いをした我々に、テツシンの先崎さんは「やろうとしていること、面白いと思います。応援しますよ。つくりましょう、ロゴ」と快く引き受けてくれた。「だけど難しいなあ、ここまで出来ているとね」と困った顔をする彼に、「だからとびきりのプロにお願いしたいんです」と頭を下げた。ごく親しくなさっているというとある書店の店主をして「あの人はマエストロだからなー!」と言わしめる先崎さんは、苦笑したのちに笑ってうなづいてくれた。「少し時間をいただきますけど、引き受けました」
 
 準備は万端だった。WEB文藝誌がうまくいけば、そこから連載作品を一冊にまとめる、あるいはアンソロジーとして作品をまとめて一冊にする、そういう風に出版も出来るのではないか、と考えた。WEBはすぐにでも始めることが出来るが、出版はそうではない。だから、二年か三年後に、本が出せるように頑張ろうと、そんな話をした。
 書店員さんを初めとして、興味を持ってくださった方には躊躇わずにこれらの話をした。誰もが応援すると、楽しみにしていると言ってくれた。きっと面白い本が出来ると気の早いことに予約しますよと言ってくれた人もいる。
 そんな中、既に面識のあった、熊本市在住の作家で建築家で、要するに芸術家と呼ぶのが早いかもしれない新政府総理大臣こと、坂口恭平さんにお目に掛かった。そもそもは坂口さんの、東京のとある展覧会に行きたいがフーが(奥様だ) 航空券買ってくれるかっていうと難しそうだなあ、というTwitterでの呟きに、加地が「じゃあ航空賃を出しますから、代わりにレポートをWEB片隅に書いてくれませんか?」と声を掛けたのがきっかけだった。
 熊本市内でも指折りに素敵な書店である橙書店さんの、隣接するOrangeというカフェで落ち合った坂口さんは、話を聞くと大きな眼を更に大きくして言った。
「それすっげーおもしろいじゃん。面白い。でもどうやって金にすんの?」
「WEBでそう簡単にお金になるとは考えていないんです。いずれ、出版に結びつけば、そこから少しずつでも資金が出来ればと思っています」
 ふうん、と気のなさそうに言って、しかし直後、坂口さんはおもむろにスマートフォンを取り出した。
「加地さ、それすぐやったら良いじゃん。いつかとか言ってないで、本、出せよ。あのさあ、俺が昔、すげー昔ね、描いた絵があんだよ」
 話の方向が見えずに目を点にしていた加地に、坂口さんはにやりと笑った。
「百枚だよ、百枚。アフリカの絵。ルーセルの『アフリカの印象』って知ってる? あ、知ってるんだ。あれのね、絵を俺が勝手に描いたの百枚。面白いでしょ?」
「それは面白いでしょうね! すごいな!」
「うん、だからそれ加地にやるから、本にしなよ」
 スマートフォンを操作して繋がった先の相手に、もう坂口さんは言っていた。ここに熊本で出版やりたいって面白い子がいんの、俺の絵をさ、あげようと思ってさ、そっちにあるでしょ、探しといてよ、よろしく!
 ここから始まる大誤算のパレードの、最初の一つがこれだった。
 
(つづく)

【出版社物語】伽鹿舎:本恋う鹿は笛に寄る 第2回

それから先の事は自己の芸術的良心に従って行えば可い――
 
 そもそもの、話をしよう。
 伽鹿舎の、最初の最初、だ。
 まだ、本を出版するところまで行き着くなんて、思っていなかった、出来たらいい、くらいの、ぼんやりした概念でしかなかった伽鹿舎はそもそも何をしようとしたのか、だ。
 
 そう、最初は単純な事だった。ごく親しくしている作家さんが途方に暮れたようにある日つぶやいた、その一言がきっかけだったのだ。
「レーティングもジャンル制限もない投稿サイトって、なくなっちゃうんですねぇ」
 驚いた。
 個人でサイトやブログに作品を載せるのではなく、会員登録をして「投稿」し、たくさんの人の作品がずらっと並ぶタイプの「投稿サイト」は花盛りのように見えた。「小説家になろう」というサイトに至っては「なろう系」などと呼ばれて、そこから書籍化された小説群は一つのジャンルの様相を呈している。自由に誰もが作品を投稿できる「投稿サイト」は掃いて捨てるほどある、と思っていた。
 なのに、「レーティングもジャンル制限もない投稿サイトがない」とは。
 
 元々、加地は読むのも書くのも好きで、ずっと他人の作品も読んできた。
 それが高じて自分の本を作ったり、頼まれて友人知人の本を作る手伝いをしたりしてきたのだ。
 インターネット上での作品の公開と言ったら、個人サイトを作ることが主流だった時代からずっと、アマチュアの書き手が互いに読み合い助言し合い、時には血で血を洗うようなとんでもない騒動を起こしたりしながら発展(?) してきたのを見てきたのだから、年期が入っている。
 確かに、「投稿サイト」では「軽い読み物」が好まれるという印象はあった。書籍化されれば、懐かしの「ケータイ小説」に括られるものから「ライトノベル」と呼ばれるものまで、エンタメとしての「面白さ」を最上級とした物差しで測られるようなものがメインだったことは否定しない。
 重厚な作品や長編、文学的に過ぎる作品は、どうしてもデジタルな画面で読むには疲れてしまう、という印象が強いのも確かだ。
 だから、文藝賞作家の今村友紀さんが「クランチマガジン」を立ち上げたことをとても面白いと感じた。純文学作家が立ち上げた投稿サイトには、文学的な作品からライトな作品までまんべんなく投稿されたし、分け隔てなく感想がつき、交流があった。
 この「クランチマガジン」が、「発展的解消として消滅する」と発表されたときに、冒頭の発言は飛び出したのだった。
「レーティングもジャンル制限もない投稿サイトって、なくなっちゃうんですねぇ」
 言われてみて愕然とした。
 元より、純文学が投稿されて「見向きされる」サイトは殆ど存在しない。そのうえ、あちらのサイトもこちらのサイトも「こういうものは投稿してはいけない」という規約が事細かに決まっている。なるほど、「レーティングもジャンル制限もない投稿サイト」はないに等しかった。その僅かな「ある」が「クランチマガジン」だったのだ。
 結局、クランチマガジンさん自体は、存続した。途中、どうしても無理だというクランチマガジンの運営を手伝ったりもした。加地が多少なりとも世の中の人に知られている可能性があるとしたら、クランチマガジンの運営を僅かな期間でもやっていたからだろう。少しの方針転換をし、クランチマガジンは生き延び、最終的には今村さんご本人の管理に戻ることも出来た。
 だが、この「レーティングもジャンル制限もない投稿サイトが存在しなくなる」という危機を目の当たりにしたことが、伽鹿舎の母体となる漠然としたイメージを作ったのだった。
 
 レーティング、とはなんだろう。
 ジャンル制限、とは。
 どちらも、「こういうものはいけませんがこういうものなら良いでしょう」と決めたルールだ。
 それって本当に「文藝」に必要なのか、というのが加地にはどうしても納得がいかなかった。何故、そんなものが必要になるのか。無論、公序良俗に反するものをみだりに撒き散らすわけにはいかない。そんなことは当たり前のことだ。だが、どこで線を引くのか。明白に犯罪でない限り、それは各人の信念のはずだ。
 九州とは、とりわけ熊本とは縁の深い種田山頭火を加地は好きなのだが、その山頭火が、ある歌会の発足に当たり、書いた言葉がある。四つほど、些細な決まりごとを述べて、彼はこう書いた。
 

△申合は此位にして置きたい。此以上呶々すると面白くなくなる。それから先の事は自己の芸術的良心に従って行えば可い。それで腹を立てたり拗ねたり泣き出したりするような人は野暮だ。
△ただ一つ、もう一つ、私として――無遠慮な、ぐうたら男の私として、予じめ頼んで置きたいことがある。それは、若しも何かの間違で、諸君が右の頬を打たれなすったとき(或は接吻せられることもあろう)左の頬を出されないまでも、じっと堪忍して、願わくならば微笑でもしていて下るほどの雅量を持っていて欲しいということです。小供のするような無邪気な喧嘩ならば面白いけれど、大供のする睨合には感心しません――

 
 これ以上の、何が必要だろう。
 だから。
「レーティングもジャンル制限もない投稿サイトって、なくなっちゃうんですねぇ」
 こう作家さんに言われたときに暫く考えて、木間に言った。
 
 レーティングもジャンル制限もせず投稿を受け付けた上で、これはと思うものはどんどん世に知らせるべく公開し、本にし、「文藝」を信じきってやっていく、そういう場をつくりたい。
 
 伽鹿舎は、そんな風にして始まったのだった。
 
(つづく)

【出版社物語】伽鹿舎:本恋う鹿は笛に寄る 第1回

『伝えられない』を『伝える』ための『物語』を――
 
 間もなく、2015年が終わろうとしている。
 伽鹿舎が正式に活動を開始した4月から今日までに、8ヶ月と少しのWEB更新を行い、2冊の書籍が発行された。
 西日本新聞、大分合同新聞、熊本日日新聞、そして朝日新聞に取材をいただき、記事を掲載していただいた。今も、いろんなメディアが取材の申し込みをくださっている。
 同時に、たくさんの方にメールを戴き、作品を送っていただいた。
 
 きっと、伽鹿舎のやっていることは間違っておらず、同時に「珍しい」ものであったのに違いない。
 
 これから、伽鹿舎が何を思って始まり、どうやって今日までをやってきたのか、そして明日から何をするのか、未来に向かってどうしたいのか、を加地が語ろうと思う。
 それが、たった一つ伽鹿舎にしか出来ないみなさんへの「お礼」になると思うから。
 
 
■復刊って幾らで出来るんですか?
 
 つい先日、発売された当舎の「幸福はどこにある」は一二年前に出たNHK出版による翻訳本の再刊行だった。
 そこで読者の方から飛び出したのが、「復刊って幾らで出来るんですか?」という素朴な質問だ。
 これに直接答える前に、書いてみたい。
 
 この作品は夏ごろに上映されていた「しあわせはどこにある」(サイモン・ペッグ主演。一二月二二日よりKADOKAWAからブルーレイ・DVD発売、レンタル開始) という映画の原作本でもある。
 当然、配給会社は絶版になっていたこの原作本の復刊を求めた。しかし、実現しない。
 当時、その本はハードカヴァーであり、税別千五〇〇円で発売された。今これを再版することは、確かにとても難しい。
 
 少し、考えてみてほしい。
 本を出すと、著者に印税が支払われる。大抵は、売価に初版部数を掛けた金額の1割だ。勿論、他に装丁や本文デザインやDTPや装画、編集者の給料だって、広告代もポスターや送料やしおり代、書店用POP代なんてものも掛かってくる。本を高いという人を結構な頻度で見掛けるが、こう考えると、本は寧ろ安い。どうやって維持しているのかと心配になるくらいには、安い。
 ましてや、翻訳となると更に費用はかさむ。
 原著者に印税を払い、現出版社に権利料を払い、翻訳者にも印税を払うことになる。
 
 そもそも、翻訳、という仕事のなんと壮大で恐ろしく高邁なことか。
 翻訳とは、他言語を一つの言葉に訳すということだ。ただ正確に伝わればいいだけの新聞記事であったとしても、それは相当な困難を伴う、と加地は考える。
 何故なら、それは母語ではない。母語でない言葉の背景には、その言葉の生まれ、はぐくまれてきた長大な歴史があり文化がある。訳者は、全く違う土壌のうえにある言語同士を、もっとも近い、書き手の意に沿う言葉に置き換え、しかも原文のリズムを崩さず、雰囲気を壊さずに、更には訳された言語として不自然でないよう、訳文を作らなくてはならない。
 当然に、直訳ではそれは意のままには伝わらない。そもそも、言語などというものは、本当には書き手の意図を正確になど伝え得ない。そんなことが出来ればそれは神の領域であるし、そう出来るのなら、恐らくバベルの神話は誕生しなかった。ひとは、言葉では全てなど伝えることが出来ない。出来ないそれに挑み、試み、辛うじて物にし、それでも足りないとあがき続けるからこそ、「作家」は尊ばれ、敬愛される。ただ言葉を並べることなら、母語話者でさえあれば可能だろう。それでも現実に「作家」と呼ばれるようになる人が限られるのは、それが理由の大半だ、とそう思う。ならば翻訳は尚更だ。それは本当に神に挑む恐ろしい業と言うべきだろう。
 だから。
 加地は翻訳者を尊敬している。その仕事を愛してやまないし、最上級の敬意を捧げたい。「作家」と「翻訳者」はどちらも「作者」なのだ。
 「二人の作者」に印税を払い、しかもそれがその仕事量に見合うだけの対価になるようにしようと考えたとき、どうするか。全てがそうだとは言わないが、大半の出版社では、印税を幾ら払いたい→部数はこれだけしか刷れない→ならば必然として売価はこうなる→この売価で読者に納得させるにはハードカヴァーにせざるを得ないというようなプロセスを辿って売価や版型が決まっていく。そこに外注に出す必要経費や、社員の給料なども含まれるのだから、ことは印刷代だけの話では済まない。
 印刷というものは、どうやっても基本的にかかる費用が動かせない。これは印刷に限らない事ではあるのだが、たとえば原版を作成するだとか、校正用に刷り出しをするなんてものは、百部だろうが万部だろうが同じだけ費用が掛かるのである。したがって、部数が増えたほうが一冊あたりの費用は下がることが多い。
 
 もう、皆さんにもお分かりだろうと思う。
 何故、「幸福はどこにある」が再版されなかったか。映画化という絶好のチャンスを得ても、それに見合うだけの部数が販売出来るというめどが立たなければ、基本的には出版社は二の足を踏む。
 それはNHK出版だけの話ではなく、全ての商業出版社が抱えるどうしようもない現実だ。(なお、今回の伽鹿舎による再版に際して、NHK出版の方には大変なご協力をいただいた。ここに心から感謝を申し上げます)。
 さて、今回、伽鹿舎ではこの本をライブラリー版、という版型で僅か二千部のみ、再版した。
 冒頭の質問に答えるなら、この本を復刊する為に必要だったのは、印刷代のほか、シリーズとなる基本的な本の装丁デザイン案を出していただいたテツシンデザインオフィスへのお支払、装画を手掛けてくださった田中千智さんへの画像使用料(随分と安くしてくださった)、翻訳者高橋啓先生への印税(わずか8%)、原著者と原出版社へが同じく印税(先払いで合計わずか6%と破格の条件にしてくださった)、英語どころか日本語も少々あぶなっかしい加地にとって未知のフランス語圏との交渉という難所をなんなくお引き受けくださったフランス著作権事務所への手数料が約3万円に、フランスへの送金に必要な諸費用が約2万円、最後に当舎のデザイナー飯田への謝金と、たったこれだけである。
 残念ながら余裕もなければ効果のほどもわからないので広告をうつ予定はなく、版組みやDTPは加地が自力でやっているほか、細かい調整やデザインの修正も加地が自分でやっているし、校正や編集も加地がやっているほかには同じく当舎の木間が担当しているから、これらには費用が生じない。伽鹿舎のスタッフは大体6名といつも説明するのだが、メインは加地であり、ほぼ加地が一人で何もかも決めて動かしているし、実作業が莫大に発生するデザイナーの飯田にはすずめの涙の謝金を払うが、加地を含めた他のスタッフは無給なのである。
 逆に言えば、ほぼボランティアに支えられる非営利の出版社だからこそ、「幸福はどこにある」は再版出来たし、あの価格で販売できている。
 従って、「復刊って幾らで出来るんですか?」という問いへの答えは、やり方による、と言うほかはない。今回の再版は原著者から翻訳者まで、全ての人が快く僅かな謝礼を承知してくれたし、多大なる協力をくださったから、実現した。もっと安く出来る、という人もあるだろうし、絶対にこれでは出来ない、という会社が圧倒的に多くても、それは当然のことだ。
 
 
■『伝えられない』を『伝える』ために
 
 加地は、「幸福はどこにある」を、今の日本のたくさんのひとが必要としている物語だ、と感じた。強くそう感じて、届けたいひとたちがいたから、出すと決めた。
 先に「ひとは、言葉では全てなど伝えることが出来ない」と書いた。
 文藝は、小説は、それを敢えて伝えようとする試みだ、と加地は信じている。
 どうしても伝えたくて、伝える言葉がなく、やむを得ず全くの同じ体験を言葉によって追い掛けてもらうことでようやく僅か、伝わる可能性に賭ける、その為にストーリーがあり、登場人物がいて、「物語」が成立する、だからこそ「作家」は「小説」を紡ぐのだと、そう考えている。
 「物語」は「もの」を「かたる」ことだ。そこにある事象を、そこにあるものを、物自体が語り、物について語る、それによって、森羅万象を全部物語り世界に閉じ込める、そういう性質を孕んでいる。
 たくさんの、「物語」を投稿していただいた。「詩」であったり「小説」であったり、形は違っても、全ては「伝えられない」何かを「伝える」ために書かれたはずだと、そう思う。
 そうでないのなら、自分ひとりの心にしまっておけばいい。ノートに書き記し、そっと引き出しにしまっておけばいい。
 そうではなく、たくさんの人に読んでほしいと、お金を払ってでも読みたいと思ってほしいと願うならば、それは「伝えられない」を「伝える」ことをあなたが試みているのに違いないのだ。
 
 今年、一番たくさん書いた言葉は「あなたは何を伝えたいのですか」だった。
 ガツンと、どうしても伝えずにはいられなかった何かが篭った作品は、力を持っている。どんなに文章がつたなくとも、響いて揺さぶってくる。
 そういう作品を、「片隅01」に載せたし、この「WEB片隅」でも掲載した。これからも、そうしたいと思っている。どんなに小部数であっても、丁寧に、手渡すように作って届けたいと願ったから、始まった。
 それをやるためだけに、伽鹿舎は出来た。
 ゆく年、なんとか、最初の2冊を世に出すことが叶った。くる年、更に深い場所を、高い場所を、伝えられないけれど伝えたい何かを、目指したいと思う。
 伽鹿舎は、ここにあって、こういう風に、最初の一年を過ごした。
 どうか、あなたのところにも、「何か」が届けられていますように。
 
 次回から、出版社をやるってどういうことなのか、何故九州限定なのか、きっとみなさんが疑問に思っているそれらを、もっと詳細に書いていきたいと思っている。お付き合いいただければ幸いです。
 また、よければ知りたいこと、疑問・質問など、お気軽にお寄せください。